ひとり井戸端会議

つまりは雑記帳です

April 2010

だれが何のために?

だれが何のために…大阪の教会、また消火器投げ込まれる

アサヒ・コムの記事から引用です。
ニュースのアドレスはhttp://www.asahi.com/national/update/0412/OSK201004120012.html


「11日午前9時ごろ、大阪市城東区鴫野西3丁目のプロテスタント系キリスト教会から「ガラスが割られ、消火器が投げ込まれた」と110番があった。城東署員が駆けつけると、安全栓が抜かれた状態の消火器1本が教会内の床に転がり、消火剤が飛び散っていたという。城東署は、同日未明から早朝にかけて何者かが投げ込んだとみて、建造物損壊容疑で捜査している。

 昨年以降、大阪、兵庫、京都、滋賀の4府県で、プロテスタント系の施設に消火器などが投げ込まれる襲撃事件が50件以上発生。大阪府警は今回の事件との関連についても調べる。 」



・・・・全然、意味がわかりません。

ただのいたずらなのか。

いわゆる「鬱憤が溜まって」やっていることなのか。

それとも何かプロテスタント系の施設に対して思うところがあるのか。

あるいはそう思わせたいだけの愉快犯なのか。

もしかしたら、深刻な宗教上の理由があるのか。

世の中を騒がしてストレス発散をしているのか。



全然、意味がわかりません。

ただ、いつか何かの形で、自分がしたことの清算をしなければならない時は必ず来るものです。

本当に他の事件と関係があるのかもわかりませんし、模倣しているだけかもしれません。

1人での犯行なのか、複数での犯行なのかもわかりません。


でも、どんな状況であっても、どんな理由があったとしても。



何らかの形で、清算をしなければならない時はきっとやってきます。

その時、どんな清算の方法を付きつけられるのか、考えるとちょっと怖い気がします。




投げつけた消火器も、どこから調達したのか考えると、他にも余罪があるのではと勘繰ってしまいます。

今のところ、けが人はいないようですが、けが人が出てからでは遅いのです。

一刻も早く解決となることを願っています。



犯罪不安社会

こういう本の需要がなくなる世の中になってほしい・・・・

悲しい事件


とても気になるニュースであり、とても悲しいニュースであり、そしてとても心配なニュースです。

アサヒ・コムの記事より(ニュースのアドレスはhttp://www.asahi.com/national/update/0419/OSK201004180145_02.html)一部引用


「続く虐待、大阪で1カ月に5件 背景には貧困・孤立」

「加害者」となってしまった親たちの言葉を以下にまとめました。


夫が働かず、ストレスをためていた
お金がない。生活が大変
ストレスがたまらないように本気で怒って、グーが出ることもある
仕事に就けず、育児も押しつけられていら立ち、矛先を子どもに向けた
しつけのために平手で50〜100回くらい頭をたたいたことがある
ミルクをやってもおむつを替えても泣くのでイライラした
いくらたってもなついてこない。だんだん腹が立った
子どもの世話をしていて鬱憤(うっぷん)がたまっていた。自分を抑えられなかった
育児疲れがたまり、泣きやまないことに腹を立てた
夫が育児を手伝ってくれない。二人で出かけることもなくなった。
育児のせいで好きな時間に買い物ができずイライラした。
なかなか子どもがかわいいと思えない


上記ニュースに載っている言葉をこうして並べてみると、親が様々な面でサポートを受けられる状態にあれば・・・と思わなくもないのですが。

その一方で、サポートを受けていたとしても、虐待をせずに済んだのだろうか、とも感じます。

事態はもっともっと深刻なはずです。
ある意味では、この親たちも加害者であると同時に被害者といえるのかもしれません。



しかし、犯した罪はあまりにも大きなものです。

中には一生懸命育児をしようとしていた親もいます。
真面目に頑張っていた親もいます。


でも、こういう結果となってしまった。



事件を起こしてしまう親、起こさない親、そして水面下で虐待を行っている親。



その差は、単に貧困や孤立だけからくるものなのでしょうか。



とても気になります。



これから、犠牲になる子供たちがたくさんあらわれてくるのでは・・・・

いや、もう予想以上に存在しているのでは・・・・



心配でなりません。






子ども虐待という第四の発達障害


どうぞ犠牲になる人が減っていく世の中になりますように。

年収200万円時代・・・・

ダイヤモンドオンラインの記事からの引用です。
http://diamond.jp/articles/-/7842より


しかし、昨今のサラリーマン世帯は、もはやそれどころではない窮地に陥っている。汗水垂らして働いても「年収300万円」さえままならないのが、現状なのだ。

 厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によれば、平成21年度の全勤労者の平均年収(賞与のぞく)は、前年比▲1.5%の294万5000円(平均年齢41.1歳、平均勤続年数11.4年)と、前年に続き300万円の大台を割った。

 もともと女性勤労者と比べて高給だったとはいえ、男性勤労者のみだと前年比▲2.1%となる。まさに「年収250万円時代」「年収200万円時代」の到来が、現実のものになりつつある。



以上引用でした。



データだけで全てを把握するのはとても難しいとはおもうんですが。

「平均」というものにあまり踊らされるのもどうかなとも思います。



でも、決して歓迎できない傾向にあるのは確かですよね。

みなさんの周囲では、この記事が対岸の火事としてとらえられるのか、それとも自分自身のこととしてとらえられるのか。


それもまた様々でしょう。


別にうちはもっともらってるけど、という人もいるし、とっくに年収200万円時代に入ってるよ、という人もいる。


年収が低いのは自己責任だという人もいるし、新興国との競争に耐えるために人件費が下がっているんだという人もいる。



ところで自己責任という表現が好きな人は、「資格やスキル、キャリアがある有能な人」ならみんな高い給料を手にできる国だと今の日本を観ているのかな?とも思ったりします。




でも、いろいろな状況、考えの人がいるからこそ人間。




だからこそ「平均」があるわけですし。

でも。

計算上のこととはいえ、たかが平均、されど平均。

今回のデータからは、貧富の差が大きな国になっていく道をたどっているのか、それとも全員でじわじわと沈んでいるのかは私にはよくわかりません。

が、どっちに転んでも悲しい・・・・・